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札幌高等裁判所 昭和51年(ツ)9号 判決

上告人 中島國吉

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする、

理由

上告代理人下坂浩介の上告理由は別紙(一)及び(二)記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

上告代理人の上告理由について

論旨は要するに、上告人と訴外裁判所共済組合との間の委託契約に基づく上告人の本件係争建物の使用関係は、実質的には賃貸借であり、少くとも右建物が訴外札幌市の所有となり国有財産法第一八条第五項の適用を免れた昭和四五年一月二八日以降は、借家法第一条の二の規定の適用があるとし、また、右委託契約は雇傭契約たる性質をも有するものであるとし、右委託契約の性質に関する上記各見解を前提として、訴外裁判所共済組合の更新拒絶により同契約が昭和四八年三月三一日限り終了したとする原審の認定判断に、判決に影響を及ぼすべき法令違反があり、ひいては憲法違反の違法があるというのである。

原審の適法に確定した事実によれば、

1  被上告人は札幌市中央区大通西一三丁目四番一九四ほか二筆並びに同地上に札幌高等裁判所庁舎、札幌地方裁判所、同簡易裁判所庁舎を所有し、昭和四〇年八月一日訴外裁判所共済組合(以下「共済組合」という。)に対し右高等裁判所庁舎の一部である原判決添付別紙目録記載の建物(理髪室)部分(以下「本件建物」という。)を、共済組合札幌高等裁判所支部(以下「札幌支部」という。)所属組合員のための厚生施設たる理容室として使用させる目的のもとに、国有財産法第一八条第三項、国家公務員共済組合法第一二条第二項に基づき期間を昭和四一年三月三一日までとしてその無償使用を許可し、以後毎年四月一日ごとに期間を一年と定めて右許可を更新し、札幌支部にこれを使用させてきた。

2  被上告人は昭和四五年一月二八日前記各土地及びその地上の庁舎を訴外札幌市に譲渡した上、同年二月二三日同市からこれを賃借し、従前同様各裁判所庁舎及びその敷地として使用すると共に、右賃借後は共済組合に対し国有財産法、国家公務員共済組合法の前記各条項の規定を類推適用して従前どおり本件建物につき使用許可を更新してきたが、昭和四八年四月一日以降についてはこれを更新しなかつたので、右使用許可は同年三月三一日の許可期限満了によつて終了した。

3  共済組合は上記のとおり被上告人から本件建物の使用許可を受けてこれに理容室を開設し、昭和四〇年一〇月一四日頃理容業者である上告人との間に、委託期間を昭和四一年三月三一日までと定めて右理容室での理容業務を上告人に委託する旨の契約(以下「本件委託契約」という。)を締結し、以後毎年四月一日ごとに委託期間を一年として本件委託契約を更新し、上告人はこれに基づき本件建物を占有して同所で右委託業務を続けたが、昭和四七年七月共済組合は上告人に対し、昭和四八年四月一日以降については本件委託契約を更新しない旨告知した。

4  共済組合が上告人と本件委託契約を締結し、これを更新するに当り、共済組合には次のような点に留意する必要があつた。すなわち、本件建物における理容室の開設目的は札幌支部所属組合員のための福祉事業として同組合員にできる限り低廉な理容サービスを提供することにあり、したがつて共済組合としては、理容事業を業者に委託するにつき業者から建物使用料を徴することはとくにその必要がないのみならず、右使用料の徴収は料金のコストアツプにつながるおそれがあつて開設目的にそわず、理容料金の適正規制や業者に対する監督検査の必要上も望ましくなかつた。また共済組合がその福祉事業を国の庁舎等の無償使用の許可を受けて業者に委託する場合には、受託業者に当該施設の使用権を取得したとの誤解を生じないようにすべしとする大蔵省主計局長通達(昭和三六年二月一四日蔵計第二四五号)及び共済組合本部次長通知(昭和三六年二月二四日最高裁経総第一七六号)があり、これに従うべきであつた。さらに共済組合としては、本件建物の使用許可を受けて理容業務を行うものであるため、右使用許可期間を超える業務委託期間を設定すべきものではなかつた。そこで共済組合は、以上の諸点を考慮し、委託業務の目的が札幌支部所属組合員の福祉向上にあることを明らかにし、委託期間を本件建物の無償使用許可期間に限るものとして本件委託契約を締結し、その更新を続けたもので、本件建物が札幌市に帰属した後についても、本件建物は従前どおり裁判所庁舎に供用するため被上告人と札幌市との間には被上告人が他にその使用収益を許可する場合は国の庁舎等の使用に準じて行うとする約定が交わされていたところから、従前更新されて来た本件委託契約をさらに維持し、かつ更新するにつき、共済組合として考慮すべき事情は、本件建物を被上告人が使用していた当時と実質的にはなんら異なるところはなかつた。

5  右事情のもとに締結され、更新された本件委託契約の内容は、大要次のとおりである。

(一)  共済組合は上告人の受託業務の遂行に対し報酬を支払う。

ただし、その報酬額は理容料金相当額とし、理容料金については札幌支部長と上告人が協議の上定める。

(二)  共済組合は上告人に対し受託業務遂行のため本件建物及びその内部施設を無償で使用させ、右業務遂行上必要な電気、水道、ガスに関する経費については、ガス使用料を除き札幌支部が負担する。

(三)  上告人は、就業につき札幌支部長の指示命令に従う。

(四)  上告人の就業時間は、裁判所職員の勤務日及び勤務時間にほぼ対応する日時、すなわち、平日は八時三〇分から一七時まで、土曜日は八時三〇分から一三時までとし、右時間を一時間以上延長し、または他の日に業務を行うときは札幌支部長の承認を要する。また、従業員の使用についても同様である。

(五)  上告人は札幌支部に収支計算書等を作成提出するものとし、札幌支部長は上告人から定期または随時に経理、決算について報告を求め、あるいは監査する。

(六)  上告人が業務を第三者に譲渡しまたは請負わせ、あるいは事業設備を第三者に貸与したり契約以外の業種に使用することを禁ずる。

(七)  共済合組は、上告人に委託の趣旨に反する行為あるときは契約を破棄することができ、また理容業務を中止または廃止したときは委託契約は終了する。

というのである。

よつて検討するに、原審の認定した事実によれば、本件委託契約は共済組合において本件建物での理容経営を理容業者である上告人に有償委託した契約にほかならず、上告人を雇傭関係に置く内容の契約でないことは明らかである。また、上告人の本件建物使用についても、右経営委託に必要な限度においてこれを無償で使用することを許諾してきたにすぎないもので、実質的にも右使用はなんら賃貸借たる性質はなく、本来国有財産法第一八条第五項の適用をうんぬんすべき契約であつたとはいえないものであるから、本件律物が所有主体の変動により国有財産から非国有財産に転じたとしても右条項の適用に関してはこれが上告人の本件建物使用に当然に影響を及ぼすものではないといわなければならないところ、本件建物は札幌市に帰属後も被上告人と同市間の契約により従前どおり裁判所庁舎に供用され、被上告人は他にその使用収益を許可する場合には国の庁舎等の使用に準ずべきものとする同市との約定のもとに従前どおり上告人との本件委託契約を継続し、更新したもので、本件建物が札幌市の所有となつたことにより従前更新されてきた本件委託契約に基づく上告人の本件建物使用関係が、新たに実質上賃貸借に変更されるとみるべきなんらの事情も認めることはできない。本件委託契約の性質及びその終了に関する原審の認定判断は、正当として是認すべきものである。

所論は、本件委託契約の性質に関する独自の見解を前提として原判決を非難するものであつて、原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張はその前提を欠く。論旨は採用することができない。

よつて、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 石澤健 神田鉱三 山田博)

別紙(一)

原審は、憲法に違反する事実を正当であるとする。

一 原審は

(一) 訴外裁判所共済組合(以上共済組合という)と上告人との間に締結された経営委託契約が、昭和四八年三月三一日をもつて終了したので、共済組合は、上告人に対して、本件建物の明渡請求権を有する。

(二) 共済組合が被上告人に対して有する本件建物を無償使用する権利は、昭和四八年三月三一日をもつて終了した。

(三) よつて、被上告人は、債権者代位権に基き上告人に対し、本件建物の明渡請求権を有すると判示する。

しかし、基本となる共済組合と、上告人の間に締結された経営委託契約は、共済組合の一方的な契約更新拒絶の通知によつては、昭和四八年三月三一日には終了しないものである。

則ち、共済組合の当該行為は憲法第二五条に保障する生存権、憲法第二七条に保障する勤労の権利を奪うものであり、かつ憲法第一三条に違反するものである。

よつて共済組合の当該行為を正当として原審は、破棄されるべきである。

二 共済組合の当該行為の違憲性

(一) 委託契約書〈証拠省略〉によれば、本件委託契約は上告人にとつて非常に拘束性が強く、実質的には、雇用契約とみなすべきである。

(二) 本件契約は雇用契約であり、かつ上告人は、過去二四年間に亘つて主として裁判所職員に低料金で奉仕してきたのであるから、上告人を解雇するに当たり正当な理由を示さなければならないし、退職金を支給しなければならない。

しかるに、共済組合が正当な理由も示さず、一銭の退職金も支払うことなく、委託契約の更新を拒絶したことは、上告人の尊厳を傷つけ、生存権、勤労する権利を奪うものであることは明らかである。以上

別紙(二)

本件建物は被上告人が札幌市との間に交換契約を締結した昭和四五年一月二八日に札幌市の所有になつたが、国有財産法第一八条一項によれば、目的物が行政財産である限り、交換契約は例外なく無効である。

然らば、昭和四五年一月二八日の時点では、本件建物は、普通財産に転化したものとみなさざるを得ない。

よつて、上告人が本件建物を使用する権利は、何ら国有財産法第一八条五項の適用は受けず、同法第二〇条一項の規定により、借家法第一条の二の適用も受けうるのである。

原審は、いわゆる公法的原理を根拠とした契約、通達、文書等を証拠として、上告人の本件建物の賃借権の存在を退け、被上告人の債権者代位権に基く明渡請求を認める。

しかし、前記のごとく遅くとも被上告人が札幌市との間に締結した昭和四五年一月二八日には、本件建物は、私権を設定しうる普通財産の状態にあるにも拘らず、原審がいわゆる公法的原理に基く証拠により被上告人の明渡請求を認めたことは、根本的誤りである。

本件建物は、普通財産であるから私有物とみなすことができ、従つて上告人と共済組合との間の経営委託契約は、いわゆる私法的原理が通用する民間の契約であり、契約条項は、信義則、公序良俗に反しない事がより強く条件として加わるので、実質的には賃貸借契約として、国の明渡請求に対しては借家法第一条の二でもつて対抗できるのである。

即ち、賃貸借契約の期間が一年であることは、公序良俗に反し無効であることは明らかであり、被上告人の明渡請求の根拠である。

(一) 民法第二〇〇条第一項に基づく請求

(二) 賃借権に基づく請求、

(三) 債権者代位権に基づく請求

は、何れも、上告人の賃借権が昭和四八年三月三一日でもつて、終了しない事の事実で対抗できるのである。

仮に、本件建物に私権を設定できないとしても、本来国有財産法第一八条が設けられたのは、被上告人が、政策上行政財産を自由に使用収益できるように配慮した上のことであり、本件のように、一理容師の生存権、勤労する権利を何ら正当な理由なく奪うためのものではないのである。

よつて、憲法第二五条に保障する上告人の生存権を奪い、憲法第一三条に違反する被上告人の行為を正当であるとした原審は、破棄されるべきである。

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